【芸能】中森明菜はなぜ「かけがえのない存在」であり続けるのか 小倉ヲージ氏の証言とともにライブ映像を振り返る

【芸能】中森明菜はなぜ「かけがえのない存在」であり続けるのか 小倉ヲージ氏の証言とともにライブ映像を振り返る

1 砂漠のマスカレード ★ :2020/06/17(水) 00:21:06.18 ID:zUnMH/xK9.net

歌姫・中森明菜がワーナー在籍時におこなったライブのフル映像が無料配信され、話題を集めている。ワーナーミュージック・ジャパンのYouTubeチャンネルで公開されているのが、『Live in ’87 – A HUNDRED days』、『~夢~’91 AKINA NAKAMORI Special Live』、『中森明菜イースト・ライヴ インデックス23』、『ビター&スウィート(1985サマー・ツアー)』の計4本だ。

 これらの映像を観てふと思ったことがある。それは、中森をよく知らない若い世代にライブ映像を鑑賞してもらい、「彼女はアイドルなんだよ」と言ったら何人がそれを信じるか、ということだ。『ビター&スウィート(1985サマー・ツアー)』のとき、中森はまだ二十歳。しかしその振る舞いはすでに貫禄十分。そして何より、圧倒的なその歌声。この映像を今観ると、おおよそのアイドル像とはかけ離れているように感じる。

 中森明菜はなぜ40年近くにわたって人々を魅力し続けているのか。中森明菜を知らない世代は、彼女のどんなところを見れば良いか。さまざまな資料や証言も交えて考察していく。

アイドルでありながら〈私は泣いたことがない〉と歌う

 はじめに、中森のプロフィールを振り返ろう。1965年生まれの彼女は、オーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)の本選に3度挑戦したのち、デビューの切符をつかむ(ちなみに本選最高の392点を叩き出す)。1982年、シングル『スローモーション』でデビューし、以降は「少女A」「セカンド・ラブ」「DESIRE -情熱-」などヒット曲を連発。一方、1989年には恋人・近藤真彦が住むマンションで自殺未遂。日本中に衝撃が走った。日本の歌謡界屈指の歌姫でありながら、どこか危うさがあり、波乱万丈な面もあった。そのほか女優としても活躍し、映画『愛・旅立ち』(1985年)、ドラマ『素顔のままで』(1992年/フジテレビ系)などに出演している。

 近年は、アルバムリリースなどはあるもののメディア出演は控えていることから、生きる伝説化しつつある。「名前は聞いたことがあるけど、歌っているところは知らない」という10代、20代は多いはず。

 まず「中森明菜はアイドルだった」という驚きについて語ってみたい。書籍『中森明菜 心の履歴書ーー不器用だから、いつもひとりぼっち』(1994年)では、中森は「かわいいだけのアイドルたちと違い、悲しい目を持ったこの少女は、異色で、他者とは圧倒的に違う存在感を放っていた」と評されている。

 同期のアイドルには小泉今日子、石川秀美、早見優、堀ちえみらスターが揃っており、「花の82年組」と呼ばれた。しかし、「大人びた雰囲気でスローな曲をうたう明菜はすでに異彩を放っていた。まわりのペースに浮き足だたず、最初から独自の路線をしっかり歩き出したことは、その後の大ヒットを見れば結果的に正解だったと言える」(『中森明菜 心の履歴書ーー不器用だから、いつもひとりぼっち』)と明らかに一線を画していたという。

 現在のアイドルに置き換えて考えてみたい。たとえば「涙」をテーマにした曲を今のアイドルが歌うなら、曲内容は「流した涙の分だけ強くなる」みたいなものが大半だ。松浦亜弥のヒット曲「LOVE涙色」(2001年)であれば、〈泣いても泣いても止まらない〉と泣きじゃくっている。でも、そのか弱さがいかにもアイドルっぽい。アイドルは涙を流してナンボ。その涙がメッセージ性を帯びて、ファンもグッとくる。

 ところが中森明菜は、1984年にリリースした「飾りじゃないのよ涙は」(井上陽水作詞作曲)で、いきなり〈私は泣いたことがない〉と歌い出すのだ。「人生何周目ですか?」と尋ねたくなるような強烈な一節。さらに同曲は〈私泣いたりするのは違うと感じてた〉と重ねていく。アイドルソングとして聴くとかなり面食らう。

https://news.yahoo.co.jp/articles/efe5fb320aa289b70da37b856c5794e5c4ac0ec6
6/11(木) 12:05配信


(出典 amd.c.yimg.jp)

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Source: 芸能ニュースまとめサイト
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